採蜜キャンプ

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日方川、今の歴舟川で行った採蜜のためのキャンプの風景。
アルバムにはシナの蜂場と書かれています。シナの蜂蜜を採るためのキャンプです。

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ここは初めての釣りで歴舟川を訪れた時に見覚えがあります。
機会があれば同じ場所を撮ってこようと思ってます。

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歴舟川は羆の生息地として知られる日高山脈を源とする川で、ここで泊まるのは羆の恐怖もあったでしょう。今は宿泊地と採蜜地を何度もトラックで往復し、このようなキャンプは行われません。

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朝食の様子。

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歴舟川支流のヌビナイ川に架かる渓石橋。流れは雪代で白く濁っています。
上から二枚目の写真はここで撮られたのではと思い訪れましたが、橋の形が違いますね。

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こちらの橋は似ていますが、駐車場から続くヌビナイ川の流れを眺める歩行者専用の橋で、当時は無かったでしょう。上の写真はここから撮りました。

流れが澄み緑が濃くなった頃に、写真の橋を探しにまた訪れようと考えています。

2017/04/15 追記

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歴舟川を遡り大樹町拓進地区の上流に架かる橋「日方大橋」が撮影された橋でした。
この一帯は函状の渓相が続き、坂下仙境と呼ばれる景勝地となっています。

拓進地区の牧場を過ぎると「ここより林道」の標識があり、整地された砂利道からターンすることもままならない程の道に変わります。羆の気配も濃くなったように感じられ、川には降りず橋の上からの撮影のみとなりました。
昭和35年10月竣工とあります。写真が撮られたのは昭和36年、出来たての橋と一緒に撮影したんですね。

坂下仙境のパノラマ映像
大樹町歴舟川 坂下仙境

2017/09/04 追記

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阿寒湖

シナ蜂蜜を採る蜂場のあった網走郡津別町、その近くにある阿寒湖に立ち寄りました。
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土産屋の店先につながれたヒグマの赤ちゃん。
私もキタキツネは見た覚えはありますが、今では見られなくなりました。

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津別の蜂場に到着、これから蜜箱を降ろします。

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阿寒湖畔の船着き場。今では立派なホテルが建ち並んでいます。

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アルバムにあった押し花。

昭和の子供

昭和34年から38年にかけて友達と遊ぶ様子、昭和の匂い一杯です。
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1歳の夏、家の庭で姉に水浴びをさせてもらっています。

遊んでいる友達の名前は思い出せません。両親が健在なら聞くことも出来たでしょうけど、亡くなった今となってはそれもかないません。

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誕生日とクリスマス、そして大雪

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昭和33年、私の生まれた年のクリスマス。
時代を感じる蜂蜜のレッテルとビンが写っています。そして蜂ブドー酒のビンも、調べると発売は明治14年から今でも売られています。

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翌年の昭和34年1月18日、鹿児島地方76年ぶりに降った大雪の中、竹で作ったスキーで遊ぶ姉達。
当時の田代町ではスキーを見た人も少なく、若い頃登山や山スキーをしていた父の手作り竹スキーは、近所から珍しがられたそうです。

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2016年 夏休み 美瑛~旭山動物園

今年の夏休みは、家族そろって美瑛と旭山動物園へ向かう一泊の旅です。
孫を連れた次男家族は台風の合間を縫って何とか埼玉から帰郷できました。

初日は美瑛の景勝地を訪れる予定が台風の影響による雨のためボツとなりました。
そこで雨でもバスに乗りながらヒグマが見られるサホロリゾート「ベアマウンテン」
に行き先を変更。
バスに乗り込み頑丈なゲートを潜る様子はジュラシックパークを思い出します。
バスを途中下車して立ち寄るベアポイントではガラス越しにヒグマを見ることができます。エサをもらうために前足をガラスにつけ後足で立ち上がるヒグマの迫力に歓声が上がります。高台の遊歩道コースを歩けばもっと楽しめたでしょう。天気さえ良かったら、、、

この日の宿、十勝岳温泉カミホロ荘に到着すると太陽が顔を出し、カミホロ荘から更に道を登る十勝岳温泉登山口駐車場では様々に変化する雲を見ることができました。

二日目、この日のメイン旭山動物園に行く前に有名な青い池に立ち寄ります。
でも残念なことに数日続いた雨で濁っています。
家に帰ってから翌日の台風9号による大雨で一部が崩壊し閉鎖中とのニュースを聞き驚きました。次一日も早い復旧を願っています。
白金青い池の詳細情報

旭山動物園に入園するとすぐにスコールのような土砂降りの雨に見舞われ、スマホの雨雲レーダーを見ながら30分ほどの雨宿りです。その後も何度か雨には降られましたが、全施設を見終わることができました。
動物を様々な角度から立体的に眺められ人気があるのもうなずけます。飼育担当者がエサをあげながら動物の生態を説明する「もぐもぐタイム」は大人気でした。今度は夜の動物たちを見てみたいですね。

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名物の旭川ラーメンを食べ帰路につきました。
もう一度天気に恵まれた美瑛を見に来ようと心に決めて、、、

※写真をクリックすると大きな写真を見ることができます。

田代での生活


当時、田代の家には水道はもちろん井戸もありませんでした。
毎朝、近所の家から分けてもらった水を天秤棒を使い運ぶのが姉達の日課でした。
そして、その水をで食事の後片付けをするのも手伝います。
三枚目は障子の張り替えのため、川で障子紙を落としている様子です。


※写真をクリックすると大きな写真を見ることができます。

新しいお店

店舗の改装はポーチのタイル貼りとエアコンの設置を残すのみとなりました。
工期は予定通り進み、後少しで新装開店となります。
商品棚が設置されました。商品や備品は仮置きですが新店舗の様子が伝わると思います。

商品棚とレジカウンターはならの天然木を使い素朴で自然な店舗をイメージしました。
材木の節もそれを演出してくれます。3回も塗られた漆喰の壁は更に風合いが出てきました。

梱包用品を収納するキャビネット。二枚目の写真にある包装紙専用の引出を作るのがちょっと大変だったとか。

店の真ん中には古いミシン台を使った商品展示スペースを作りました。
明かりがともると漆喰壁の陰影が増し店舗の雰囲気も変わります。
三枚目の写真、照明の下には何か飾らないと、、、

※写真をクリックすると大きな写真を見ることができます。

今回の工事全般は
大野建設さん
商品棚等建具は
ウッドショップ木蔵(きくら)さん
に請け負ってもらいました。予想以上の仕上がりに感謝しております。
ありがとうございました。

店の移り変わり~札内編

昭和39年から41年にかけての写真。
左上は蜂蜜を瓶詰めしている様子。当初北海道の仕事は養蜂と採蜜のみでしたが、お客さまの要望から作業場の隅で蜂蜜を販売するようになりました。
右上、昭和39年夏場だけの住居でしたので内壁は無く柱がむき出しです。その後父が自らの手で内装工事を行いました。
その下、周りの家も少なく空き地が目立っています。一番下、帯広方面に向かって写しています。こちらも今と比べ建物が少なく国道は片側一車線で歩道もありません。

昭和43年 1968年、鹿児島から北海道に住居を移し、翌年昭和44年には店を増築しました。
当時店には当然レジなど無く電卓が普及するのもまだ先です。机の引出にはおつりを小分けして入れる手製の木箱と、蜂蜜一升瓶が1本なら○○○円、2本なら○○○円とそれぞれの商品の計算表が入っていて、おつりの計算は暗算です。あと、商品が売れると正の字を一画ずつ書き足して集計する売上帳も入っていました。

昭和61年 1986年、国道の拡幅で店を移転新築しました。左の写真は完成したばかりの新店舗。拡幅工事前に店を移すので、周りからちょっと浮いた状態で国道と取り付け道路で繋がっています。店先には妻と妻の母親、その前には当時1歳の三代目が写っています。右には初めて飼った犬コリーの「のり」も。
右上、国道拡幅工事も終わり庭は白い柵で囲まれました。右下は現在の店舗、白い柵は無くなりましたが移転後に植えた樹木は大きくなっています。

※写真をクリックすると大きな写真を見ることができます。

店の移り変わり~田代編

ただ今店舗の改装中で、お客さまにはご迷惑をおかけしております。
今の店舗も開店してから30年が経ちました。さらにその先には先代から続く歴史があります。そこで、現在に至る店の移り変わりを紹介します。

昭和28年、姉の小学校入学を機に鹿児島県肝属郡田代町(今の錦江町田代)川原別から田代町麓に住居を移しました。写真は昭和31年、当時養蜂だけで生活をするのは厳しく駄菓子や文房具、日用品を売る雑貨屋を営んでいました。
左上の写真は店で笑顔を振りまく二人の姉、その下は運動会の出店での母と姉。一番下は昭和34年一歳にもならない私。右の写真の子供達は駄菓子を買っているのでしょうか。その下、こちらも出店の様子。

昭和35年には家を建て替え店も蜂蜜専門店となりました。
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スケッチ

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姉達がスケッチをしている風景。
アルバムには「城内にて」とあります。
現在の鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北城内のようです。

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遠くに開聞岳の見える写真もありました。
今でも錦江湾と開聞岳を見渡せるスポットとして紹介されています。

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こちらは「川原別、坂本さん家」とあります。
姉達の通学に不便と田代町麓に住居を移す前は、田代町川原に住んでいました。
板ぶき屋根の家を真ん中に、手前は 友達と遊ぶ姉達、右上に咲いているのは梅の花、遠くには土埃を上げながら砂利道を走るトラック、良いタイミングをとらえていますね。